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人類学のメリットとは?教養として人類学を学ぶ意義を解説

 

大学生が人類学を学ぶ意味とはなに?この記事では、大学生が教養として人類学を学ぶ意義を解説します。

人類学とは?人類学は最高の学問?

 「人類学は最高の学問である」とある人は言います。では、いったいなぜそれは「最高」であり「人類学」とは何なのでしょうか。

 「人類学」とはその名の通り、「人類」に焦点を当て広い範囲で研究をする学問です。その人類学のくくりの中でも様々な分野に分けられます。

ブロニスワフ・マリノフスキーが行ったトロブリアンド諸島における研究に代表される「文化人類学(社会人類学)」、生物学的・科学的側面から人類にアプローチする「自然人類学」、さらに柳田國男の研究が有名な「民俗学」なども人類学の範囲内(または隣接分野)として認識されています。

ここでは、大学生が学ぶにあたって、現代においてより意義の見出しやすい「文化人類学」について書いていきます。

文化人類学とは?

 「文化人類学」とは主に「未開社会」と呼ばれる社会を対象として行われていました。この「未開」という価値観はそれまで支配的であった「ダーウィニズム」とそれに伴う「西洋中心主義的」な価値観からの呼称でした。

なぜなら「ダーウィニズム」の価値観で見る進化は単線的なものだったからです。西洋は世界の先端におり、その他の「未開社会」は時間がたてば西洋の社会のように進化した社会形態になる、と信じられてたわけです。

当たり前の価値観であったのが「文化人類学」では問い直される

それが当たり前の価値観であったのが「文化人類学」では問い直されます。

マリノフスキーの研究においてはトロブリアンド諸島というところで現地の人々の生活を事細かに記述し、人からの話を聞き、そしてそれを持ち帰って分析するという「参与観察」と呼ばれる方法がとられていました。

マリノフスキーの研究で最も有名なのは「クラ」という独自の文化システムがあることを発見したことで、これらの成果から「機能主義」を唱えました。

この「クラ」という儀式は、当時の西洋社会の価値観からすれば非常に非合理的なものでした。彼らは、わざわざ身の危険を顧みず、「贈り物」と呼ばれるのもを彼らのルールに従って持ち運んでいたのです。

しかしこの儀式は彼らの社会・文化を維持・形成していくためには不可欠なものでした。この行いからマリノフスキーは「未開社会」の中にも、西洋合理主義では測れないような「文化」が存在し、それは西洋社会とは違った形で機能しているということに気が付きます。

そして、この研究から「参与観察」という方法論が始まり、マルセル・モースは『贈与論』を刊行、のちの近代分解人類学という学問につながっていきます。

なぜ「人類学は最高の学問」か。人類学のメリット

 それでは、なぜ「人類学は最高の学問」なのでしょうか。それは、「他の文化を見る」ことは、「自己の文化」をみることに等しいからです。文化人類学者たちは参与観察で「未開社会」の文化を見るのと同じ目線で自身の文化を見ることに努めました。

この「他を見るとような視点」で「自己の文化を見る」ということはいわゆる「客観的視点」や「俯瞰的(鳥瞰的)視点」と呼ばれるものと同じと考えていいでしょう。それまで「当たり前」だと思われていた事象に対して、「一歩引いた視点」見て、とらえなおすという視点は現代においても非常に大切なことであると考えられます。

 我々は、現在、様々な「当たり前」に囲まれて生きています。学校に行ったり、仕事に行ったり、ほかの人と同じように過ごしていくというような日本の社会のルールとしての「当たり前」は我々の価値観を支配しています。

しかし、現代ではますます国際化していく世の中で、我々は「他を見る」機会がより増えました。日本の社会の中で閉じこもっていてはいけないと海外に出て勉強をしようとする学生も多くみられます。

しかし、せっかく海外に行ったのに「海外ではこうだから、日本もこうするべき」というような単線的な思考では、元の「ダーウィニズム」に立ち戻ってしまいます。それを「客観的・俯瞰的・鳥瞰的視点」でとらえなおすことがいま求められており、そういった視点、姿勢は「文化人類学」から学び取れるのではないでしょうか。