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EU(ヨーロッパ連合)のほころび ヨーロッパの脱主権国家化は失敗か?

 

ヨーロッパは主権国家になることを求めて血みどろの争いをしてきた。しかし、EU(ヨーロッパ連合)により脱主権国家とも言える動きがあった。EUは成功のようにも思われたが、ギリシャの債務危機を始め、ほころびが目立つ。ヨーロッパはやはり主権国家が適しているのではないだろうか。

主権とは?ヨーロッパにおける主権概念

主権は、さまざまな意味で使われる。

近代的な主権の概念として明確なのは、フランスのボダンが唱えたあり方である。ボダンは、主権を「国家の絶対的で永久の権力」と位置づけ、国王が有するとした。

近代化が進む中、主権は国王への権力集中への正当化として、また申請ローマ帝国やローマ教皇による干渉を排除する目的もあって、主権概念が用いられた。

18世紀には、市民革命により独立した市民国家の自由や独立が叫ばれ、絶対主義国家からの干渉を排除する目的で用いられた。

このように、主権は、外部からの干渉を排除する目的で用いられたのである。

 

主権国家とは?かつてのヨーロッパは主権などなかった

主権国家とは、国境により区分された領土を持ち、その領土の中で何人からの制約も受けずに統治できる国家を指す。

領土の外にも自分よりも上位の存在はなく各国平等であるという主権が保証されている。

領土には国民が存在し、国民から成り立っている。

 

かつての16世紀のヨーロッパは、個々の国は領土によって分断されていなかった。領主がたくさん存在し、多くの領主のおさめる国が存在していた。

 

1人の領主が複数の領地を治めるケースも多かった。統治する領主も、国王、皇帝、修道院長、伯爵などさまざまな王侯から成り立っていた。

 

中世ヨーロッパは、キリスト教・ラテン語共有する共同体であったとも言える。協会は人々の支配を行い、ラテン語を読み書きできる者は少なかったが、法律制定や外交交渉もラテン語によって行われた。ローマ教皇が主各国の高位聖職者を任命し、中世キリスト教世界はピラミッド構造により階級づけられた。加えて、神聖ローマ帝国の権力が絶大であり、王侯にも序列がつけられた。

 

このように、中世ヨーロッパは聖俗の権威の元に管理され、各国の王侯の主権は大きく制約を受けていた。

 

ウェストファリア体制により主権国家体制へ

ウェストファリア体制により各国の主権が確定された。

事の発端は、ルターが1517年に「95か条の論題」を出し、教皇庁の腐敗を糾弾する意見書を提出したことから起こる。「95か条の論題」とは、当時腐敗していた教皇庁を糾弾する意見書である。

ローマ教皇は、資金集めのためにこの世での罪が許されるとする免罪符を販売させていた。これに怒ったルターは意見書を提出したのである。

 

ここでルターが唱えたのが、中世から続いてきたキリスト教におけるピラミッド構造であり、神のもとではすべての信者は平等だと唱えた。ヨーロッパ北部の諸侯も同調し、協会に抗議する人々(プロテスタント)という人々として呼ばれた。

 

教皇庁もこれに対抗し、カトリック対プロテスタントの対立構造に入っていき、宗教戦争が起こった。種々の戦争を経て結ばれたウェストファリア講和条約では、領土が定められ、皇帝の力が削減された。帝国議会の許可なしには、法律の制定や同盟、講和、戦争も行えなくなり、領邦諸侯は自国の法律制定や外交交渉の際の主権を手にした。教皇権と皇帝権は弱まったのである。

 

ヨーロッパにおける脱主権国家化 ヨーロッパ連合EU

各国は主権を持つことを求める。特に、植民地化に置かれていた国はその思いが強い。ヨーロッパの多くの国もそうであった。しかし、20世紀後半に、脱主権国家の動きがあった。それが、ヨーロッパ連合である。

 

各国で自由に決めて良い事項について、地域で共通のルールを定めるのである。特に、財政政策や金融政策について禁止する動きをEUが見せたことが足かせとなっている国は存在する。

 

財政政策とは、社会インフラや外交、国防、警察などを通して資源配分を行うこと、累進課税や相続税、社会保障等により所得再配分を行うこと、減税や公共投資により経済の安定を図ることなどを指す。

金融政策とは、景気がよければ金利を上げ、景気が悪ければ金利を下げるなど経済を持続的に拡大させるための政策である。国の主権において、財政政策と金融政策のしめる割合は大きい。国家の経済に大きく関わるところであるから。

 

各国の裁量でお金をばらまこうとすれば、できないこともないが、EUはGDPの3%までしか財政赤字を出してはいけないというルールを作った。財政赤字を出せないのだ。

 

実際には、このルールを守っていない国も少数派だが存在する。このことは、うまくいっている国家が、財政赤字を出している国の分を負担している現実へとつながっている。

 

ギリシャの借金はドイツが肩代わり?

ギリシャは何度も破産している。一方、ドイツは経済的には好調であり、ギリシャが破産するたびに、何度も資金を提供してきた。

ドイツ国民はギリシャに対して反発を抱いている。何度も財政破綻をしながら、公務員だらけで国家財政を減少させようともしないと。ギリシャの国民や政府の態度もよくなかった。

 

具体的には、「EUの援助プログラムは我が国に深い傷を与えた」として、ギリシャは援助プログラムから脱却を発表した。2010年以来ギリシャ政府は、「公務員の数を15万人減らせ」というEUの要求に従い公務員を解雇してきたが、一旦解雇した公務員を復職させる発表を行った。

 

ドイツ側が反発を持っている一方で、ギリシャもドイツ政府に対して反感を持っている。「EU、とりわけEU最大の経済力を持つドイツが援助プログラムと称したた緊縮策のために、国民が苦しんでいる」という認識があるのである。

 

ドイツ的には、政治的にギリシャが混乱することは避けたい。EUの通貨価値が下がることで、自分たちも痛手を負うからである。しかし、援助へのドイツ国民からの反発との板挟みになる。

 

結果ドイツは、ギリシャが破産しない程度に少しずつ援助を行ったのである。

 

2011年以降、債務危機がギリシャでは何度も発生している。ギリシャの経済成長率は2012年はマイナス。2017年にも1%あるかないか。マイナス成長からは脱したが、決して経済成長はしていない。ギリシャの失業率の推移も深刻である。ピークの2013年には30%となり、治安も悪化した。

2018年には21.7%と少しはましになったが…。

 

警察機能も落ち、街中にゴミが残る状況となった。

 

不法移民がたくさんヨーロッパに入ってくるギリシャはその入り口に

ギリシャの国家財政は予断を許さない。結果、国境警備も手薄になった。自国の問題だけで済めばよいのだが、これがヨーロッパ全体に広がる不法移民問題を生む。

 

何が起こったかというと、国境警備が手薄になったギリシャに、大量の不法移民、難民が押し寄せ、こっそり入国してきたのである。

悪い人たちはいるもので、グローカーと呼ばれる、移民や難民の不法入国を手助けして不当にもうけを手にする人々は、警備が手薄になったギリシャとトルコの国境に目をつけ、大量の移民や難民を入国させ、さらにはギリシャを介してヨーロッパ各国に移民や難民が押し寄せることになった。

EU内部の格差

EUの成立によって、ビジネス的にもうけている人はいた。

 

→お金持ちは、お金を儲けるように

→普通の人は、収入も増えていない

 

そのため、大部分の中間層は、EUは自分たちの生活を脅かしていると考えている。EUでは、フランスやドイツがEUから離脱すれば終わりと言われる。EUは主権国家を乗り越えるのができないのが現状と言えるのである。

なぜ欧州連合がでてきた?ドイツはなぜヨーロッパの中のドイツを選んだのか

一般的に、ドイツは親EU、イギリスは反EUと言われる。

ドイツは、ヨーロッパの中のドイツを選んだ。敗戦国のドイツは、フランスと和解するしかなかった。日本は、アジアの中で生きる必要がなかったが、ドイツは、ヨーロッパの中で生きる必要があったのだ。ユダヤ人をはじめとするドイツ国民は、本気を出すと能力的には優秀であるが、完全に突出するとその分各国の反感を買うと考え、ヨーロッパという地域の中で、他の国との協調を保ちながら存在する道を選んだのである。

通貨統合も、当初は戦後フランスにより、ドイツの影響力拡大を防ぐために行われた。いまやドイツの経済がEUの頼みの綱であるのは、歴史の皮肉とも言えるかもしれない。