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グローバル化による問題は?グローバル化から国内重視へ

 

戦後の国際政治経済秩序での変化とは?

どのようにグローバル化が進んでいき、そのプロセスでどのようにグローバル化の問題点が出現したのでしょうか?

またグローバル化の問題の現状や、それを踏まえて各国が内向きの政策へと展望を遂げている実態について解説します。

グローバル化初期はうまく機能した しだいにほころびが

1945年は安定→ブレトンウッズ体制による、限定的な自由主義の採用により、自由貿易による各国の経済発展と同時に、国内体制の構築、格差の解消を両立する経済体制が両立した。

1990年は不安定→グローバル化が進展し、自由貿易と保護貿易の折り合いをつけるのが難しくなった。格差の広まりと、国内体制のほころびにより、ポピュリズム、反グローバルの、国内政策重視の動きが拡大した。

では、どのように安定、不安定だったのか、その要因とは?詳しく見ていきましょう。

戦間期の自由貿易によるグローバル化の反省により、保護貿易の視点が取り入れられる

1945年終戦直前期に、戦間期の国際経済体制はよくないという意見が多数出た。そこで、19世紀の経済秩序のうち、良かった点を残し、悪かった点を変えようとした。

19世紀はグローバル化の黄金期 自由で開放的な経済秩序 完全なる自由主義

19世紀の経済体制のよかった点は、かなり自由で開放的な経済秩序であったことである。完全なる自由主義とも言われた。この時代、各国は経済規制を実施しづらかった体制があった。19世紀は、グローバル化の黄金期とも言われたように、この時代に、世界は発展する。

19世紀のグローバル化の問題  国内への配慮不足

 しかし、19世紀の国際経済秩序には、問題があった。国内への配慮が欠如していたのだ。不利益を被る部分への考慮があまりない制度であった。

グローバル化の格差が非常に出たのである。ドイツを見ても、格差が顕著であるように、自由経済を国際規模で進めても、格差が増大し、不利益を被る地域が多く存在することを経験上理解していた。

グローバル化の中で、国内体制の構築と格差解消の両方の実現を模索 ブレトンウッズへ

国際的な自由経済と同時に、国内体制の構築、格差の解消を両立する経済体制が求められた。

そこで考え出されたのがブレトンウッズである。ブレントンウッズ体制は、国際レベルでは、自由主義やグローバル化を進めるような制度にしつつも、相当の保護政策の実施も同時に可能にした。

ブレトンウッズ体制とは?

「アメリカ合衆国ドルを基軸とした固定為替相場制」であり、1オンス35USドルと金兌換によってアメリカのドルと各国の通貨の交換比率(為替相場)を一定に保つことによって自由貿易を発展させ、世界経済を安定させる仕組みであった。

この体制は1971年のニクソンショックまで続き、戦後の西側諸国の経済の復興を支えた。この協定に基づいて確立した体制のことをブレトン・ウッズ体制という。

 

ブレトンウッズ体制を作ったのは、アメリカとイギリスである

 

戦後の国際政治経済秩序の中で作られ、アメリカとイギリスの代表者で、話し合いが行われた。

ジョン・ラギーが、「埋め込まれた自由主義」と言うように、ブレトン体制は限定的な自由主義体制であった。つまり、自由貿易を進めながらも、保護貿易の部分も、ほどよく混在させた。

国際的に価格面で競争力が低下する日本の農家が生き残れたのも、そのおかげでもある。グローバル化は進めるが、ショックを抑える方法も同時に行った。これがうまく機能し、各国の経済成長と同時に、格差の解消が可能になった。

ブレトンウッズ体制を批判する動きは、冷戦期にはそれほど目立たなかった。グローバル化の程度が低い当時はこの制度で良かった。

グローバル化の進展で自由貿易と保護貿易の折り合いをつけるのが難しくなった

しかし、グローバル化が次第に進展するにつれ、ブレトンウッズ体制にほころびが出始める。次第に、自由貿易と保護貿易の折り合いをつけるのが難しくなったのである。

グローバル化が進展するにつれ、グローバル化を抑えつつの国内重視の体制か、グローバル化を進め国内体制を軽視するかの選択が、各国に求められた。各国はグローバル化重視の選択をした結果、国内問題への対処がしだいに難解になっていった。

 

その結果、欧米での反グローバル、ポピュリズムの高まりにつながったほか、アメリカ国内では富裕層が豊かにはなったが、下層の者の所得は増えず、格差が広まった。

 

グローバル化は途上国と先進国の富裕層を豊かにしたが、先進国の中間層の経済的な豊かさは減少しつつある。先進国の中間層からは、グローバル化への反対意見が増え始めている。

日本のグローバル化は中途半端に

日本の場合、グローバル経済を優先しきることができず、バブルの足跡により経済成長に陰りが出た。規制が残り、経済成長ができない日本を形作っていった。欧米は、次第に自由主義に対しての反省を深め、国内政策重視へと変化を遂げている。